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~ほぼ地球一周旅~ 第三章「サウナの導き」

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さてさて向かうは、念願のペルーへ。 11月8日夜中 無事にペルーに到着 ついていきなりハプニングスタート。 まず色々と飛行機が遅れたために、クスコ行きのチケットが無くなっており、チケット難民だ。 9日の朝には飛ぶチケットを手に入れるために、航空会社と話し合いが始まる。 ちなみにペルーリマに着いたのが、日付が変わった12時だ。 5時間後にはフライトである。 とりあえず航空会社と話が終わり 無事に朝5時のクスコ行きの便を手に入れた。 一安心。 これで少しゆっくり寝れるが、寝れるところがない笑 これもまた旅の醍醐味でもある。 この地球には色々な人がいて、様々な考え方がある。 親切な人もいれば、面倒なので放り投げてくる人もいる。 ピンチな時に力になってくれる人は本当に嬉しい。 ペルーの人らは結構優しい感じがする。 まだ始まったばかりだが、この始まりはなかなかグレイジージャーニーの始まりだ。 ちなみにチケットを交換してくれて、対応してくれた窓口の方は、こっそりクッキーを食べて、あと1時間で仕事が終わると楽しいそうに話をしていた。 クッキーの食べ方を見る限り、チーフのようなボスにバレてはいけないように食べていた。 どの文化もどの国も上下関係と仕事のルールはありそうだ。 9日朝一クスコへ チケットも手に入れて、全て整ったのが夜中の1時過ぎ。 朝5時のフライトだったため、空港目の前のスパでサウナ入って少し仮眠。 外がなんやかんや騒がしくて寝れて1時間ほど。 さて朝一の空港は騒がしい。 朝から準備して向かい、朝一なのに凄い人だ。 ペルー人は寝ないのか?と思うくらい朝から国内線で出国する人が多い。 朝一の始発便でクスコへ向かうからこそ ちゃんと牡牛座満月を拝むことができた。 本当に宇宙の采配はいつも完璧でありがたい。 リマからのフライト最後まで 牡羊座満月がお見送りしてくれた。 クスコ行きの便も 朝日に向かって出発だ。 ちょうど綺麗なサンライズを拝むことができ、 太陽と月。 自然の摂理に全てがうまく合わせて、采配してくれている。 天空都市と呼ばれるペルー その所以を垣間見た。 雲の上に聳え立つ山々、一面に広がる雲海 そこに朝日が照りつき、神秘的な世界を映し出す。 まるでラピュタの世界のような 天空都市が飛行機から見える眼下に現れた。 これぞペルー。 美しすぎて言葉に表せない。 この高揚...

~ほぼ地球一周旅~第二章「太陽と月」

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メキシコシティへ向かうフライト 4:42起床 パッと目が覚めて、外を見たら、ちょうど朝日が出る手前のマジックアワータイム。 さらに4:42とは、今日11月8日が442年ぶりの天王星食が起きる、奇跡的な日を祝福してくれている。 そして起きたタイミングからしっかり、朝日を拝むことができた。 本当に素晴らしい流れだ。 雲の上のサンライズは、何も遮るものがないため、とても美しい。 全てがグラデーションになって見えるのだ。 なんて地球は美しいのだと、色があることが美しさをより際立たせていると感じる。 我々の世界には光があり、色がある。 色味があるから美しいと感じるのか、それとも同じ時が2度とこない変化があるから、美しいのか。 美しさにはそれぞれ感性があるが、この色味がある世界だからこそ地球の象徴であり、人間に与えられた感性なのかもしれない。 そんなことを思うほど綺麗な朝日だ。 この朝日は全てを凌駕して回復させてくれる。 ちなみにメキシコシティへ向かう飛行機はメキシカンばかりで、香水がきつく、この人たちは嗅覚が麻痺しているのか、気にならないのか、元々あまり匂いを感じない人種なのか、とても気になるところ。 色々な香水と体臭?が入り混じり、新たな匂いの世界へと行きの飛行機から導かれている笑 メキシコシティに着いて まずリマ行きの飛行機に乗れないという、宇宙の采配から始まりだ。 1時間半遅れの飛行機により、間に合わなかったため、メキシコシティの空港に夕方まで取り残される可能性あり。 ここからまた新たな旅路が始まる。 外に出れることになり、まずはメキシコシティの遺跡巡りからスタートだ。 それにしてもメキシコの方や南米系の方々は太ってる方ばかりだ。 体質と食生活が根本的に人間の体とはマッチしていないのだと感じる。 さて空き時間ができたので、ティオティワカン遺跡へ 世界三大ピラミッド「太陽と月のピラミッド」 おうし座満月らしい良き宇宙の采配だ。 メキシコシティの街は、山に隣接しており、水のインフラが整っていないので、雨水を溜めて濾過する形式を取っているところが多いと感じる。 ティオティワカン遺跡の世界三大ピラミッドの一つ、太陽のピラミッドへ行き、そのツイとなる月のピラミッドも参拝してきた。 太陽のピラミッドは強く逞しさがあり、月のピラミッドは優しく引っ張られる引力がある感じだ。 きっと月の...

~ほぼ地球一周旅~ 第一章「始まり」

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 始まりはバンクーバーより バンクーバーはレインクーバーと呼ばれるほど冬は雨が多い。 この時期に、太陽神様が大快晴でお出迎えしてくれた。 久しぶりのカナダにやってきて、この初日の太陽神様はとても嬉しい。 ここから日本帰るまでの約20日間。 毎日しっかりと日々の経過を書く。 行きのフライトは、人も少なく、これまでのまとめを書き終え、爆睡。 久しぶりの飛行機の中で寝たので、果たして寝てるのか?という感じだ。 始まり始まり。 2日目朝 初日から自然豊かのマウントシーモア州立公園近くに滞在する 目の前に広がる海にテントサウナ と共に宇宙と繋がる 僕が到着する前日までは大嵐と大雨で、すごい世界が広がっていたとのこと。 ちょうど僕が着く日に太陽神様がお出迎えしてくれたのだ。 これが導きだ。カナダに来て、まず嬉しい出来事だ。 マウントシーモアの山を探索から始まり、お月様と共に外のジャグジーでお風呂。 幸せすぎる始まりだ。 人脈や天気にも恵まれて、本当にありがたい、 それぞれ道があり、拠点が違うからこそ、感じること、広がる感性が違う。 大切なことはその場所で何を感じ、何を思い、何を行動するのか。 三年ぶりにカナダに来て、深く感じる カナダは自然豊かで水が綺麗で 完全なる治療院だ。 3年間で進化した自分が その自然の中で自分が何を感じるのか  しっかり観察していきたい。 雪山の世界は別世界だ。 行く途中まで雨や雪が降っていたが、スキー場に着いた瞬間から夕陽と雪のコラボレーションが世界を変えた。 霧の中を照らす夕陽。 これぞ絶景というべき産物だった。 (あいにく携帯を忘れて写真は撮れていない笑) この時感じたのは 「自分らしく生きる」 誰かのペースで生きるとタイミングというのを逃す。 これがこの雪山での氣付きだ。 カナダのナッツは中身がずっしりして香ばしい。 ナッツを沢山選ぶことができる、幸せな瞬間だ。 3日目朝  大安天赦日 ようやくカナダ時間に身体が調整され ちゃんと朝すっきり目覚めた。 気持ちの良い朝だ。 朝はいつもどおり山を散歩をして、朝日を拝むこともできて、バンクーバーならぬ朝を迎えて、今日の夜からペルーへ向かう。 太陽神様はいつでも完璧なタイミングで見守ってくれており、お出迎えしてくれているということ。 カナダ時間はゆっくり進む 同じ時間とは思えないほどゆっくりだ。...

ハロウィーンは宇宙と交信

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Happy Halloween!! 一年に一度の大イベント! ハロウィーンなので、宇宙とつながりやすい時期であるので 少し宇宙ミッションについて、触れてみる。 生きるとは何か。 ここ最近とても面白い出来事ばかりが周りで動き始めている。 フラワーオブライフの導きから始まり、本の出版工程を全部網羅した方との出会いまで、全てが大きな「宇宙ミッション」へと進んでいる。 そして一つ氣付いたこと。 それはこの大きな宇宙ミッションを来月の与那国島秘祭の際に、神様から明示を授かる連動工程だ。 今日まで続く、神事の流れがそこに一点に向かって進んでいるのを感じる。 与那国島は自分にとって、「始まりの地」である。 これもすべて神様にお導きされて、今この瞬間までたどり着いたと感じるのだ。 それも全て自分が今世の役目として、魂から選択して地球にやってきているのであれば、なかなか面白い人生を選んで地球にやってきているな、と自分の人生なのに感銘を受ける。 約6年前から続く、このように日々の「日記を書く」という行為が、本を書くための準備だったと思えるのだ。 何か突き動かされたかのように、日記を書き始めたがそのポイントになるのが、二つある。 一つはある先輩から、毎日少しでも良いから一日の終わりに日記を書くこと。 すると情報のアウトプットと新たな氣づきを得られるからやりなさい、という半ば強制的なスタートだった。 そこから6カ月間毎日日記を書いた。 最初は全然書けもしない。 ふと思ったことやその日に起きた出来事だけを書いて、後は終わりだ。 それを段々続けていくと、今日あれもあったな、これも話したな、と色々内側から走馬灯のように駆け巡り、それらを自分の考察まで書くようになっていったのだ。 当時何書いたのか全くと言って覚えていないが、一つだけお覚えていることがある。 いつの日か忘れたが(多分書き始めて3か月くらい経った後) 草木や花、植物が揺れているの散歩しながら見ていたら、しっかりこの地で根を張り、しっかり生きているのだと、揺れている植物をみて、感動した。 自分たち人間は、あたかも人間が偉くて食物連鎖の頂点に君臨して、自分たちだけで生きていると錯覚を起こしている。 どんなに小さくても揺れている植物がいるから、酸素を生成してくれて自分たち人間は生きられるのだ、と日記に書いた記憶がある。 日記を書くという行為...

ファスティング×脳オイル交換 12日間の旅

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 ファスティング日記 ★準備食1日目 ファスティングを始める、というその意識からもう既に身体がファスティング飢餓モードに入り始めているのを感じる。 正直お昼も夜もお腹が空いていない状態で食事をいただいた。 お昼は導きのままの酢豚とサラダ少々、ごはん少なめと味噌汁 夜はバナナ一本、納豆1パック (酢豚食べてる時点で準備食やないやん笑) ファスティングは、朝の意識から始まっており、意識が先で肉体が後からついてくる自然の摂理を改めて気づかされた瞬間でもあった。 そしてこのタイミングで出会った、本での1ページ。 魂を大きくするには、魂が喜ぶことをする。 笑うことや自然の中に行くことが一番魂を大きくするのが早い。 そして「ハグ」をすること。 大事なスキンシップで心が通う方との「ハグ」が幸福感や安心感を生み出し、魂が大きくなる瞬間である。 自分らしく生きること。 自分を我慢してまで相手のためにすることは、利他的で社会的には良いが魂的には喜んでいない。 まず魂を喜ばすことから今回のファスティングの始まりだ。 ここから脳のオイル交換まで続くファスティング。 わくわくで楽しみすぎる。 ★準備食2日目 夜ご飯をほとんど食べていないから、朝起きるのがとても軽やか。 起きるのもいつもより1時間は早く起き、その朝の始まりからエンジン全開でスタートできる感覚がある。 身体は寝起きなのか、右目だけ二重スタートでもあった、今日。 「幸せとは解放」である。 この言葉に衝撃を受けたと同時に、自分の中の歩んできた道が認められた感覚があり、とても嬉しかった。 どこに幸せの価値観を置くのかは人それぞれだが、日本古来の幸せは「解放」から由来していることを知り、自分の役目を再認識した氣付きである。 思いやる心や分け与えることの精神が日本古来である大和魂。 この魂こそがまた新たな時代を創っていくのだとそう感じる日でもあった。 そして「日本語がある限り日本は潰れない」 この言葉に日本人であることの素晴らしさと心強さを感じて、胸に突き刺さった。 今日という一日を振り返り、心が震え、魂が喜び、そして言葉という言靈から、自分の中で何か新たな境地が芽生えた氣がする。 何かが心に突き刺さったような、どこか昔の記憶を思い出させていただいた感覚だ。 世界平和という想いの集合体がこんなにも温かく美しく、そして心を豊かにする...

The Having ない→ある世界

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今回の山旅は「The Having」旅であった。 The Havingとは、韓国人の方が書かれた名作で、最近読んだ本の中で一番感銘を受けた本だ。 富や幸運を引き寄せる力を身に付ける本であり、端的に言えば、人生の攻略本に近い。 内容をざっくり説明すると ご飯や買い物、何かモノを買うときにお支払いをするお金。 そのお金をお支払いするときにどんな気持ちで支払いをしているのか。 そこがお金を引き寄せる法則である。 お金があるから気持ちよく支払うのか。 お金がないから不安や迷いを持ちながら支払うのか。 ここにお金を引き寄せるか引き寄せないかの 大きなポイントである。 お金を引き寄せる人の特徴的なのは モノやご飯を食べさせていただいた感謝の気持ちを込めて、快くお支払いする。 ここで大切なのは みんな財布や銀行には、ご飯を食べるだけのお金があり、モノを買えるだけのお金がある。 "ある"から支払いができて、ご飯を食べることができるのだ。 この"ない"→"ある"にマインドを変えることで、エネルギーの循環が変わるのだ。 単純な話は この「ない→ある」に全てを変えることで、心が豊かな気持ちになり、お支払いできる喜びやご飯を食べる喜びが心の底から湧き上がる。 それを体感することが「Having」の始まりだ。 今回大日ヶ岳に登り、そこで約30年間登山クラブという、一緒に山登りをしている平均年齢75歳のグループに出会った。 登山クラブの方々は、アフリカ最高峰の山キリマンジャロの登頂を果たしていたり、年に20回ほど山登りイベントを一年を通して行っているグループだ。 皆さん、めちゃめちゃ元氣。 さすが30年山登りをしているだけあって、僕らでも結構きつい急斜面をしっかり登っていくのだ。 今回は来れなかったと言っていたが、その登山クラブの最高年齢は90歳。 90歳でも普通に山を登るとのことで、自分たちも将来その年齢までは山を登れると確信した。 しかし90歳で山登りは凄い。 (約60年後。。。) 素敵なご縁から、山頂でリンゴをいただいたので、お返しに僕らは「ポン菓子」をプレゼントした。 山頂でポン菓子、、いくつやねん! と心の中で言われながらも、お互いが持つ良さを与え合う素晴らしい出来事であった。 山エネルギーの偉大さや一緒に登った方々の温かさ...

続くはフルマラソン

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 ファスティングからの続き。 今週はフルマラソンのエントリーした。 年明けの2月に人生初めてフルマラソンに参加する。 色んな導きの中で、エントリーをすることになったのだが、これも面白い。 先日ある友人からいわきのフルマラソンの話を受けて、フルマラソンを走ったことがないため、興味が出た。 そして次の日の朝電車に乗ったら、その車両の広告にたまたまいわきのフルマラソンのことが書かれていたのだ。 これは自分の中で導きだと感じ、すぐさまネットで検索してエントリーシートを書き込む。 書き込み終えたところで、最後のエントリーのボタンを押すところまできた。 そこで最後のボタンで手が止まる。 迷いが生じる。 迷いとは、まず本当にこのフルマラソンをやりたいのか、という問いかけから始まる。 そしてやるからには42.195kmを完走したい。 高校時代野球部で10キロ近く走っていたので、42キロの長さや大変さを身をもってわかるのだ。 だから走り切れるのか、などどこかビビっている。 この迷いから手が止まり、一旦携帯を閉じて考える。 エントリーをした自分とエントリーしなかった自分。 この二つのパラレルは同時に存在しており、どっちのパラレルが面白いのか、自分と対話する。 答えは明確だ。 エントリーした自分だ。 エントリーすることで、2月26日の当日まで完走できるように意識が向き、日ごろのランニングや運動に繋がる。 結果的に何がおきようと 本番当日まで意識がフルマラソンへ向かう。 この過程が何より充実した毎日になる。 そこでエントリーを決意して、ボタンを押した。 その瞬間からどこか内側から炎が灯るように、沸々と何かが燃え上がってきた。 日頃移動で担ぐバックパックは総重量約10㎏くらいあり、それがなぜか心地よく、これもフルマラソンのトレーニングの一つだと思えるようになった。 さらに今までだと電車で移動していた区間も歩くようになり、移動が全てフルマラソンのトレーニングに思う。 季節もちょうど切り替わり、夏の暑さが無くなったので、ランニングが始まった。 まずは3キロからスタート。 この意識の変化は、人生においてとても様々な氣づきを 与えてくれる出来事になった。 「フルマラソンエントリー」という出来事が、日々基盤となる意識を変え、「フルマラソン完走」という目標が日々のトレーニングへと繋がる。 まさに...