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自然の摂理

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 今月5月皐月は高速パラレル移動を繰り返して 氣付いたら31日だ。 新潟、長野、名古屋、東京、鎌倉、岐阜の山々の新緑を感じながら、高速パラレル移動していた今月。 季節の変わり目は山々も元気でいきいきとしている。 高速パラレル移動をしていると、季節の変わり目に敏感になる。 それは木やお花が咲き誇り、我先に輝く緑の葉っぱを伸ばして、太陽を感じようとする生命力を感じるのだ。 また冬までのスカスカの山々から一転、草木溢れる生い茂る山に進化する。 今年もこの季節がやってきた、と思わせてくるような躍動感だ。 初夏の始まりの太陽は 何とも言えぬパワーに満ち溢れており、晴れた日の太陽パワーを浴びると内なるエネルギーが充電され、より一層パラレル移動が活発になるのだ。 虫や動物たちも同じく活発になり、蜜を求めて飛び回る蜂やちょうちょ、冬眠から覚めて食事を求めるクマなど、新しい季節が始まった。 山々を旅していた今月は 「自然の摂理」について考えることや感じることが多かった。 草木が生えて、成長して、咲き誇り、枯れて、土となり、また新たな芽として始まる。 雨が降り、土が固まり、山にろ過されて、海まで流れ、また雲となり山に雨が降る。 太陽が昇り、照らされ、沈む。 人は生まれ、空気を吸い、様々学び、成長して、何かを成し遂げ、やがて終わる。 地球も自転しており、太陽の周りを公転している。 物事も同じで全て循環して、回ることで地球という一つのプラットフォームを面白くしていけるのだ。 この当たり前である自然の摂理に目を向けることで、更なる氣付きがあったのだ。 今、サウナに使うヴィヒタを作るため、白樺の木を植えて成長を見守っているところなのだ。 白樺の木は、とても生命力が強く、天然ミネラルやアミノ酸を多く含むことから「森の看護師」と呼ばれ、木の側面が白い樹皮で覆われていることから「高原の白い貴公子」と呼ばれている。 雪山へ行くと、木の皮が白く、20mくらいで細く綺麗に生えている木だ。 白樺の葉っぱを束ねて、サウナ中に身体中をバサバサたたく。 これが通称「ヴィヒタ」だ。 ヴィヒタ サウナ―を極めていることから 「ヴィヒタ」を一から育て作り始めている。 サウナ―を極めているというより サウナ愛が深すぎて、ここまできた。(とふと思う笑) 心の声を素直に出すなら 早く実際に自分たちで作るオリジナルサウ...

左側通行

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「人生の中で何を氣付き何を学ぶのか」 日本の象徴ともいえる天皇が住む場所、皇居。 皇居は元々徳川幕府の居城であった江戸城跡にあり、宮城(きゅうじょう)と公称され、皇宮や皇城とも呼ばれていた。 その流れから、明治天皇に移り変わるタイミングから 天皇が居する土地として、皇居となった。 なぜ皇居は波動が高く、日本の中でも有数のパワースポットなのか。 諸説様々あるが、皇居の周りを自転車で快走していた時にふと降りてきたことがある。 日本の道路交通法は左側通行だ。 つまりどこかを一周しようとすると「左回り」なるのだ。 左回りということは、指を回してみるとわかると思うが 上へ上へと上昇する回り方だ。 日本が左側通行を採用しているのは 侍の時代に刀の納まる鞘が左腰付いており、右側通行だと鞘同士がぶつかり争いになるのを防ぐためであった。 世界でも元々(1500-1700年の中世あたりまで)は左側通行が一般的であった。 それは世界人口の約80-90%が「右利き」だったため、いつ何が起きても良いように距離を保ち、争いになったときすぐ戦闘態勢(刀や武器を右手で持つ)になるには、左側通行の方が都合がよかったからだ。 そのため左側を歩くのが本能的に主流であったのだ。 しかし戦争するための武器が作られ始め、世界では植民地争いに勃発した中世後くらいにナポレオン率いるフランス軍が世界を統治し始めた。 ナポレオンの戦術が「一点突破」であり、物理的に敵の戦力が薄くなる左翼から攻撃するために右側を通行したことや 技術の進歩から「剣→銃」に武器が変化したため、右側通行のほうが都合がよかったのだ。 さらにはナポレオン自身が「左利き」だったために、「右側通行」にルール付けたと諸説ある。 それが現代まで続いており フランスの植民地化された国々では、「右側通行」が一般的なのだ。 幸いにも日本はどこにも植民地になっていないため 「侍時代」の名残が今も続いており、「左側通行」なのだ。 左側通行により「左回り」が生まれ 上昇のエネルギーを生み出していると感じる江戸城跡の皇居。 元々高波動の場所であるのは間違いないが 江戸城跡地の内側と外側では空気やエネルギーが違い、高波動を保ち続けている理由の一つとして、「左回り」が影響しているのだと思う、今週でした。 To be continued

寛大な愛

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 「寛大な愛」 4月に出会った占い師にこう言われた。 5月は「寛大な愛」がテーマだと。 5月も中盤に差し掛かったところ、様々な人たちとの会話の中でふと思い出して、氣づく。 今月は「愛」について、深く考える月だと。 GWはじめに、親族が倒れたことで家族全員が一同に駆け付け、安否確認含め、集まったのだ。 その時「家族愛」の深さを知ったのだ。 普段はあまり関心がなく、各々が自分の人生を生きている。 だから干渉しないし、深入りもしない。 良い距離感が保たれている。 しかし家族に何かあると、仕事を休んでまで、家族を優先してちゃんと集まるのだ。 最近では愛犬が家の庭から脱走して、不慮の事故に遭い、足を負傷した際も仕事を休み、緊急手術までしっかり付き添うのだ。 「家族愛」 何かイベントが発生すると、各々がどのような想いを持っているのか、氣付くタイミングでもある。 親族の件や愛犬の件で、家族の愛の深さを色々感じた。 さらに今月は「蜂蜜愛」に触れる月でもあった。 先週のいきいき村イベントで 蜂を愛し、蜂蜜を愛する者たちと、蜂蜜養蜂園へいき 蜂の温かさや蜂蜜の栄養価の高さなど、「蜂蜜の深み」を体感したのだ。 愛の深さといえば、なんといっても「地球愛」だ。 自然を愛し、地球を愛している。 今月は山に行く機会が多く、自然に触れる機会が多い。 新潟の妙高山一帯や長野の戸隠高原、野尻湖、軽井沢など山々に囲まれるところへ訪れた。 鳥のさえずりや川のせせらぎ、滝の水音、山にそびえたつ木々たちの靡く音など、自然から発せられる音を深く感じていた。 自然の音は、シータ波やアルファ波により、心が落ち着き、「人間とは地球と一体として生きている」ということを感じさせられるのだ。 深い瞑想状態に入ると、自然と一体化している感覚や地球と同化している感覚に満たされると思うが、そんな感覚だ。 山々を見ていたり、自然に触れていると地球への愛が心の底から湧き上がってくる。 それらを昨日ふと「地球愛」の深さを改めて氣付くことになったのだ。 地球よ、いつもありがとう! 愛の表現や愛を感じられる深さについても、人それぞれ違う。 愛にはキャパシティーのような感じられる範囲があると思っており、自分の愛の深さと他の人の愛の深さは違ってくる。 それは成長段階で広がったり小さくなったり、様々であるが、それぞれ違うからこそ、沢山の...

蜂蜜養蜂園 in 軽井沢

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 今回のいきいき村イベントは「ゆったり」としたツアーであった。 今までの濃密過密スケジュールのイベントではなく、時間にルーズで一つ一つの場面を味わい尽くす二日間だ。 伊勢神宮参拝、東国三社巡り、湯河原リトリートと続き、イベントに参加した人はご存知かと思うが、いきいき村イベントは、とにかく様々なことをやる多動旅である。 それが今回の長野旅(メインは軽井沢)は、とてもゆっくりな時間配分と、一人一人の動きがいつもよりゆったりであった。 GWの終盤だったことや朝一からの運転も影響しているとは思うが、そんなことではない。 僕らが最初集合した場所は上田駅で、長野の中心付近にある上田市は新緑美しい山々に囲まれており、中心部には千曲川が流れている。 実際に見晴らしの良い展望台から眺めると見渡す限り山に囲われている。 海が開放感に満ち溢れるとしたら、山に囲われている上田市は少し閉塞感を感じさせる。 進撃の巨人でいう、壁に囲われて生活をしているのと似た感じだ。 さらに体感として土地のエネルギーは 流れるエネルギーより止まるエネルギー 「動」ではなく「静」だ。 住む人たちの動きや話のスピード感、歩く速さなど 全体的にゆっくりだ。 それらにも共鳴していたことで、ゆっくりまったりするイベントとなったのだ。 このように考察していくと面白い。 住む地域や環境によって 人が形成されているのがよくわかる。 ゆっくりに生活してる人たちが周りに多く、山山に囲まれ、慌てる人も少なければ、ゆっくりになるのも納得する。 さらに空気も美味しく水も綺麗であるから、人間として整った状態で生活ができるので、至極当然だ。 長野の奥地に行ったことで、 住む地域や環境が人を形成させると 身をもって体感した。 やはり行ったことない地域や初体験の旅は、学びや氣付きが多い。 目に映るもの、体感することが初めてだと 五感をフルに活用して、起きる現象を全て味わい尽くすからだ。 まるで赤ちゃんや子供がなんでも楽しく遊ぶのと同じように。 全身の細胞たちが活発になることで、氣付き学びレーダーが発動して、直感が生まれるのだ。 このように五感をフル活用して、細胞を目覚めさせ、人間の肉体的能力を最大限に発揮させることで「ナチュラルハイ」を引き起こす。 これをいきいき村マジックと呼ぶ。(今勝手に決めた笑) ハイになるのかどうかは、別として...