月のリズムと共に

「天秤座新月」


今回の天秤座新月は

新しい自分や新しい物事を取り入れて、自分の新しい内面に氣付くことがポイントで、風の時代を象徴するかのような、新しい自分「NEW ME」を快く受け入れましょう。


この「NEW ME」の確立が2023年以降の新時代で生き残れるか。

大きく人生に時代の流れに影響してくる。


そんな天秤座新月も山登りから始まりです。


今回の秋分の日から天秤座新月は秋晴れに恵まれ、気持ちの良いスカッとする天気が続いた。


秋晴れといえば「登山」

(山に登りたい理由を勝手につけました笑)


秋の心地よい透き通った冷たい風が始まる山は、登山シーズンの終わりを告げる、季節の変わり目だ。


今年も登山シーズンが終わってしまう、悲しい気持ちがどこかにありながらも、今年こそは雪山登山にチャレンジ!しようかなと、心のどこかで沸々と燃え上がる闘志を観察しながら山へ。


始まりはいつもながら、登山道に無事にたどり着けるかどうかの試練が待っている。

林道を車で走るのだが、もちろん舗装はされておらず、がたがた道を進んでいく。


こんな山の中で車がパンクでもしたら、助けも呼べず来た道を歩いて誰かに助けてもらうしかない、と思いながらもガンガン林道を進む。


今回も無事に登山道まで着いた。

まだ山登りすらスタートしていないのに、どこか安堵感に包まれる。


ワクワクドキドキ第一ステージはクリアした。


ここからが本番だ。

今回登る山は1600mクラスの鷲ヶ岳だ。


山の由来は、「藤原頼保が勅命によって、この近くに棲む大鷲2羽を退治して天皇に献上した」

その功績を天皇に認められ、藤原頼保がこの地を治めることになったのだ。


山の由来もさることながら、当時の天皇に認められ、山を丸々治めることになる。

当時の日本の文化は天皇制がしっかり根付き、天皇と共に国民がいたのだ。


日本の象徴である天皇が国民を認めることで、国民も天皇を崇める。

まさに本来日本が長きにわたり侵略されず、自国の文化を守り国民に国が支えられていたということだ。


この制度が良い悪いは別として

お互いをちゃんと認め合うこと。


認め合うことで人としての在り方にちゃんと意識が向く。

今の現代は認める前に否定したり、いがみ合ったりして、自分ファーストの考え方が横行している。


だから心が豊かになれず、認めてもらうために高級なものや良い車など物質に頼ろうとして、外的要因に意識が向いている。


みんな違ってみんな良い。


同じ人間はだれ一人おらず、別々の能力を持って生まれた愛しき存在だ。

違うからこそお互いを認め合うことで、調和が生まれ愛が生まれ、協力して人生を歩んでいこうとする。


山の中腹にある山の由来が書かれた看板をみて、その認め合う精神がしっかり根付いていたからこそ、豊かな日本があったのだと感じた。


今回の山登りは、内側の自分との対話がヒートアップして盛り上がり色々自分の中で整理する時間でもあった。


そこで一つ思ったのは

日々何か必ず起きる。


日々の中で不安や恐れもあると思う。山の中ではふとした瞬間に不安感に襲われるときもある。


そんな時、その不安や恐れは現象としてまだ現実化していない。

空想上の話だ。


その出来事が起きた時にどう対処するか、起きた時に考えればよいのだ。

まだ起きてないのだから、あれこれ考えたところで仕方がない。

起きてないのだから。


そしてその不安や恐れは、最終的に繋がるのは「死」だ。

実際死んでないから何が起きるかわからないが、死んだときに初めてわかるはずだ。


その死んだときにわかる「死」に対して、不安や恐れに襲われているのだと。


つまり出来事が起きたタイミングで考えればよい話なのだ、と全てを受け入れることが、何より「今」に意識を向けるのに最善なのでは。

と思ったのだ。


すべては「今」しかない、そのすべてを受け入れることで「今」に意識が向く。


「今」にどうしたら本氣で向き合えるか。

そんなことをひたすら山を登りながら向きあう。


これぞまさに「山登りの真骨頂」と呼ぼう(勝手に今決めた笑)


そんなこんなで山頂からの景色は、御岳山や白山、奥穂高岳など一望できる最高の景色を見ながら、秋晴れの太陽を浴びて山頂昼寝をした鷲ヶ岳登山でした。





To be continued

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